薫&颯馬アンソロジー

生まれ変わって
出直せたなら

『追憶*それぞれのクロスロード』の一幕をイメージしたメインビジュアル画像。ライブハウスの照明に照らされて、冷ややかな顔つきの薫と怒り沸騰の颯馬が睨み合っている。

はじめに

当サイトは2024年7月28日(日)発行予定の
「あんさんぶるスターズ!!」非公式ファンブック
『生まれ変わって出直せたなら』アンソロジー企画告知サイトです。

二次創作にご理解がない方の閲覧はご遠慮ください。
このアンソロジーは個人が企画・運営する非公式なものです。
原作者・関係企業・版権元等とは一切関係ありません。

生まれ変わってから
出直してきてね

貴様が生まれたことが
何かの間違いであろう

コンセプト

「死んで美女に生まれ変わってから出直して」
「生まれたことが何かのまちがい」

互いの存在さえも否定する言葉を
ぶつけ合ったあの頃から、
ずいぶん遠くまできました。

神崎颯馬の誕生日・4月20日と
羽風薫の誕生日・11月3日。
一年のうち最もその人の生が祝福の言葉で満ちる
誕生日という日、そのまんなかに、
あの頃から二人が描いた軌跡を
振り返るアンソロジーです。

薫が初対面の颯馬に対して「男には興味ないからさ、死んで美女に生まれ変わってから出直してきてね」と言い放つ場面のスクリーンショット
『追憶*それぞれのクロスロード Chaos/第五話』より
ヒロインにとって自分は無害であり間違いは起こさないと主張する薫に対し、颯馬が「貴様が生まれたことがそもそも何かのまちがいであろうが」と呆れる場面のスクリーンショット
『ドロップ*遠い海とアクアリウム 水族館へ行こう/第三話』より

企画概要

表紙サンプル画像
タイトル
『生まれ変わって出直せたなら』
内容
薫と颯馬の暴言の応酬を思い起こすアンソロジー
カップリング
薫颯・颯薫・リバ・友情その他諸々含みます。
二人の組み合わせ以外のカップルは含みません。
発行日
2024年7月28日
サイズ
A5版
ページ数
124ページ
価格
会場価格¥1200

執筆者一覧

  • 花鳥

    花便り

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  • うどん

    漫ろ歩き

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  • 鬼火

    狸穴

    tumblr X(旧Twitter)
  • さゆ

    白鞘

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  • 慈路

    Rojiinu

    X(旧Twitter)
  • にぎこ

    おべんとうばこのなかみ

    X(旧Twitter)
  • 母島

    もとのもくあみ

    pixiv X(旧Twitter)
  • ます

    X(旧Twitter)
  • みそ

    備忘ビブリオ

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  • 三塚

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  • mito

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  • きくらげ

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  • ユゆ゜

    X(旧Twitter)
  • 夜永

    入り出待ち

    pixiv X(旧Twitter)

                  小説作品。
                  午前に入っていた雑誌の撮影が思いのほか早く終わってしまい、だからと言ってのんびりカフェでお昼でも、とするには少し足りないような気がする微妙な空き時間が出来てしまい、どうしたものかと頭の中でいくつかのプランを思い浮かべる。
                  午後はバラエティー番組の収録があるので遅れるわけにはいかない、ということで駅前にあったコーヒーショップでテイクアウトをして収録現場の控室へと向かうことにした。
                  自分用にアイスのハニーラテと、恐らく既にいるであろう本日の相方用にせっかくだからとアイスコーヒーを持って行く。
                  サークル活動であったり、事務所が同じであったりといった共通点からなのか、揃って呼ばれることが時折あるのが面白い、以前なら考えられなかったことだ。
                  俺たちに割り当てられている控室の扉を開ければ、想像通りの姿があったものだから思わず笑ってしまう。
                  相変わらず早いことで。
                  「颯馬くんおはよ」
                  「お早うである。早いな」
                  「まあね、撮影早く終わったからそのまま来ちゃった。はいこれ差し入れ」
                  「……わざわざすまぬ、有り難く頂こう」
                  「ん、どうぞー」
                  今日の相方……颯馬くんの向かいに腰掛けながら、乾いた喉を潤すためにハニーラテへと口を付ける。
                  うん、甘くて美味しい。
                  「もうすっかり夏だねえ」
                  「そうだな」
                  「今年は暑くなるの早かったから覚悟はしてたけど、流石にこうも毎日最高気温を更新されるとしんどいなあ」
                  「まだ七月であるが、既にそんな調子で大丈夫なのか」 全く、貧弱であるな。といつもの調子で冷めた視線を向けてくる後輩に苦笑いをこぼす。
                  まあ暑いのは苦手だけどさ、夏自体は嫌いじゃないから別に平気だよ、と返せばふん、と鼻を鳴らされた。
                  「今年も海行けると良いなあ」
                  「さぁふぃんか」
                  「うん、せっかくなら夏に行きたいじゃん? 日焼け対策はしなきゃいけないけど」
                  「そういうものか」
                  「そういうものだねえ」
                  眩しい日差しを浴びながら波に乗る瞬間は、それはそれは素晴らしいものだと思うのだ。
                  颯馬くんだって運動神経は悪くないから少し教えればすぐに上達しそうだし、連れて行くのも有りかなとか考えて、この子は嫌がるだろうなと思い直す。
                  いやどうだろう、奏汰くんが行きたいって言えば付いては来てくれるかな。
                  「次のサークル活動は海が良いな」
                  「深海殿に提案すれば良い」
                  「お、颯馬くん乗り気?」
                  「……腹立つ顔をするな」
                  「酷いなあ、一応俺の方が先輩だからね? 何度も言ってるけどさ」
                  「しかしまあ、たまには良いのでは」
                  「へ、」
                  「海、行きたいのであろう」
                  さぁふぃんが出来るかは分からぬが、海くらいならまあ、なんて続いた言葉に今度こそ笑みが零れてしまった。
                  「なんだかんだ優しいよね颯馬くんって」
                  「は?」
                  「怖い顔しないでよ」
                  「貴様がよく分からぬことを言うからであろう」
                  「貴様って」
                  「今更であろう」
                  「最近はちゃんと羽風殿って呼んでくれてたじゃん」
                  むう、とわざと幼い子どものように不貞腐れたふりをしながらストローを口に含む。 カップが結露しているせいで机が濡れてしまっているから、後で拭かなきゃなあなんて考えながら颯馬くんの方を見れば、あちらも丁度喉を潤している最中だった。
                  返事をする気が無いのか、それとも言葉を選んでいるのか、何とも言えない表情をしたままコーヒーを啜っている颯馬くんを眺めながら、氷が解けて薄くなってしまっている中身を揺すって混ぜて、残りを一気に飲み切ってしまう。
                  「余計なことを言わなければ、我だって普通に呼ぶ」
                  「結局俺のせいじゃん」
                  「だからそうだと言っているであろう」
                  「まあ良いけど、颯馬くんらしいっちゃらしいしねえ」
                  「どういう意味であるかそれは」
                  「そのままの意味だよ~」
                  にっこりと笑いかければ、うわ、と声に出さずとも感情が全面に出ている顔をされた。
                  いや、流石にひどくない?その反応は。
                  「薫殿って、名前で呼んでも良いよ」
                  「誰が呼ぶか」
                  「颯馬くんが冷たい」
                  「突然気色悪い事を言う方が悪い」
                  「ちょっと、流石に気色悪いは酷くない⁉」
                  思わず文句を言う俺と、わざとらしく耳を塞ぐ颯馬くん。
                  傍から見たら何をしているんだと思われてしまいそうな光景だろう。
                  揶揄ったら怒られると分かっていても、ついつい余計な事を言ってしまうのはもう癖ということにしてはくれないだろうか。
                  まあでもこれも一種の言葉遊びのようなものだ、打てば響くようにこちらが投げた言葉を軽く返してくれるのは正直言ってとても楽しい。
                  ――と言うより、発端は俺のせいだったとしても以前があまりもな態度だったものだから、普通に会話してくれるようになっただけでそれなりに嬉しいと言うかなんというか。
                  後輩って可愛い! の精神が俺にも芽生えた結果が今なんだけれども。
                  もっと早く、ちゃんと可愛がることが出来ていたら良かったなとは、自分のユニットの後輩たちを見ていまだに思う事 もある。
                  学生生活という貴重な数年間に苦い思い出を作ってしまったのも、すべては自分の幼さのせいだった。
                  余計なことまで思い出してしまったなあと少しだけ苦笑いをこぼして、それからぐっと体を伸ばした。
                  まだ、収録開始時刻までは余裕がある。
                  これならお昼を食べてきても大丈夫だったなあと、時計を見ながら思った。
                  テーブルの上に置かれていた菓子を手に取り、ぺりぺりと包装を剝がしながらなんてことのないように、ふと思いついたことを世間話でもするような軽い声色で口に出してみる。
                  「例えば、俺と颯馬くんが同い年だったらさ」
                  「……何だ、急に」
                  「まだ待ち時間あるし、暇だから世間話でもしようかなって」
                  「先程までも十分していたであろう、我を巻き込むな」
                  「あ、そういうこと言うんだ」
                  「台本でも見返していれば良い」
                  「もう覚えちゃったし」
                  「はあ、」
                  「溜息吐くと幸せ逃げちゃうよ」
                  「誰のせいだと」
                  相変わらずこれ見よがしに大きく溜息を吐いて俺を睨む颯馬くんに、こちらも負けじとわざとらしく笑みを返せば、もう一度溜息を吐いてから姿勢をこちらへと向けてくれた。
                  ほら何だかんだ言って優しい子なんだから、と素直じゃない後輩に更に笑みが深くなるのは仕方のないことだろう。
                  「で、何だ、先程の問いは」
                  「ああ、俺たちがもし同級生だったらさ、俺たちの関係って何か変わってたかなって」
                  「変わるも何も、無い気がするのだが」
                  「え~、もしかしたら同じユニットだったかもしれないよ?」
                  「それは無い」
                  「否定早すぎない?」
                  颯馬くんが冷たい……なんて顔を覆ってみるけれど、返ってくる言葉は無く、指の隙間から見た彼は呆れたような何だコイツはというような何とも言えない表情をしていた。
                  その顔、蓮巳くんにそっくりだねって言ったらむしろ喜ん
                  (サンプルここまで)
小説作品。
                  かつての自分の言葉が、魚の骨みたいに喉の奥に刺さったままだ。

                  「ごめんなさい」
                  見知らぬ子供が、何かを謝り続けている。
                  それは自分に向けられたものではなく、彼が何を見ているのかも分からず。謝罪の言葉は、ただ虚空に消えていく。
                  ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
                  何を、そんなに謝っているのだろうか。小さな肩は頼りなくて、不安そうで。思わず伸ばしかけた手は、空を切る。
                  「生まれてきて、ごめんなさい」
                  ああそうか、この子供は――。

                  今日の颯馬は常よりも、十分早い寝覚めだった。
                  コンロにフライパンを置いて、その上に魚の切り身を乗せた。つまみを捻ると、軽い音とともに火が起こる。
                  早朝の星奏館はまだ活動しているものが少なく静かで、開いている窓から風が抜けるだけだった。
                  今朝の夢。確証はないが、あれは恐らく――いや。これはきっと、誰に言うことでもない。
                  魚の焼ける音、脂の跳ねる音。それらを聴きながら思考の海に沈みかける。
                  「っ颯馬くん、いる⁉」
                  静寂が、己の水面が、揺れた気がした。
                  「……いるが。どうしたのであるか、羽風殿」
                  常よりも動揺した様子であった薫だが、颯馬と目が合うと酷く安堵した様子で眉尻が下がった。
                  「よかったぁ〜。ううん、いるならいいの。大丈夫」
                  邪魔してごめんね、とそのまま立ち去ろうとする薫に、何となく今朝の夢が重なってしまって、気がついたら引き止めていた。
                  「待て。どうせ朝餉もまだであろう。ついでに食べていけ」
                  「えっ、いいの」
                  「普段からどこからともなく現れてはつまみ食いしているのに今さらであろう」
                  「ん〜、じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」
                  (サンプルここまで)
ズ!!初年度の漫画作品。外は雨。
                  羽風「良かった~、傘残ってて。急に降り出すんだもん。今日晴れって聞いたのに」
                  神崎「梅雨であるからな。それより、いつになったら荷物を持ち帰るのだ貴様は」
                  羽風「え~。だって今日、袋とか持って来なかったし」
                  神崎「そう言うと思って風呂敷を持参したのに」
                  羽風「でもほら、雨だし……濡れちゃうし……」
                  神崎「そんなことではいつまで経っても部室が片付か、ぬ、おっと」
                  羽風「何?どうし」
                  立ち止まる二人。視線の先には血を流して横たわる猫。 神崎「……野良か。憐れであるな」
                  羽風「……うん」
                  猫の死骸に歩み寄る神崎。
                  羽風「え、ちょっと。颯馬くん!?ねぇまさか」
                  神崎「このまま捨て置くわけにもいくまい。雨に流されてしまうしな」
                  羽風「いやでも、どこに」
                  神崎「学院の裏庭に。部室の魚もそこに還している」
                  羽風「あぁ、うん」 手を合わせ、祈りを捧げる神崎の後ろ姿。
                  黙々と埋葬作業を始めようとする神崎を見つめる羽風。
                  羽風「……あのさ、」
                  (サンプルここまで)
ズ!!初年度の漫画作品。海洋生物部の買い出し帰りの二人。考えに耽るように遠い空を見上げる羽風。
                  羽風「縁、とか因縁とかいうけどさ。ずっと遠くの未来でもしつこく巡り合う、なんてこと、ほんとにあるのかな」
                  神崎「いかがしたのだ突然」
                  羽風「ん~。そういう本を読んだの」 神崎「我はそれに対する答えを持ち合わせておらぬが、一生単位で出直すようにと門前払いを受けたことならあるな」
                  羽風「あはは、参ったな。颯馬くんが、俺と『その』話をしてくれると思ってなかったから」
                  くるりと羽風のほうを振り返る神崎。
                  神崎「門前払いの割には気長だと感じただけである。改めたその先で待っているようであるから」
                  (サンプルここまで)
ライブハウスでの出会いのシーンを思わせるカラーイラスト作品。
                  冷ややかな目つきで見下ろす羽風と、刀に手を掛けて今にも沸騰しそうな怒りの目で睨み上げる神崎。
                  二人をスポットライトの鋭い光線が幾重にも包んでいる。
小説作品。
                  もらったのは変な役だった。いや、変という言葉はあまり好きではないので、言い方を変えよう。
                  珍しい役だった。
                  小説家の男の役だ。大作家などではなく、若くして新人賞を受賞した期待の新人。
                  そこまではよくある駆け出し作家だと思う。
                  この男が珍しかったのはここから先だ。
                  男には姉がいた。顔立ちはよく似ていたが、男とは違い、活力的で仕事のできる女性だった。所謂キャリアウーマンというやつだ。
                  男の姉は三年前に交通事故でこの世を去った。営業で外回りをしている時に、大型トラックの運転手がハンドル操作を誤ったのに巻き込まれて。即死だったらしい。
                  男が新人賞を取り、作家として華々しくデビューをした矢先のことだった。
                  それからというもの、男は姉の面影を異常に求めるようになっていった。短かった髪を姉のように伸ばし、姉の遺品である服を着て、姉が好きだったブランドのファンデーションを顔に乗せた。
                  『おーい生きてっか……うわっ汚ぇ!』
                  『勝手に入るな。不法侵入だぞ』
                  『うるせーうるせー。鍵かけてねぇ方が悪い』
                  ぴょんぴょんとところどころ跳ねっ返る髪の毛を揺らしながら男が玄関から入ってくる。そして床に落ちていたぐしゃぐしゃと丸まった紙くずを人差し指と親指で摘んで持ち上げた。
                  『お前、ねーちゃん真似るならこういうとこから真似ろよ。お前のねーちゃんは片付けできるタイプだろ』
                  『別に姉さんを真似てる訳じゃない』
                  『そのナリで真似てる訳じゃないほうがキメェ』
                  男は嫌そうに顔を顰めた。ポイ、と紙くずを部屋のどこかへ放る。紙くずは部屋の汚い床に落ちて、どこにいったかわからなくなった。
                  部屋の主──おそらく男、長髪の方だ──はじろりと嫌そうにそれを見る。
                  『僕の部屋のものに勝手に触るな』
                  『おーおー、口だけは立派に育ちやがって』
                  『うるさいな。お前は僕のなんなんだ。出ていってくれ、忙 しい』
                  『そういう訳にもいかないね。お前、そろそろマジで留年するぞ?』
                  分厚めの茶封筒を手渡しながら男は言う。
                  『ほらよ。教授からのラブレターだ』
                  長髪の男はまた嫌そうに顔を顰めた。
                  
                  「カット!」
                  大きな声が現場に響き渡る。颯馬はふう、と息をついた。何度やっても緊張する。今回の現場は慣れぬ格好をしなければならないので尚更だ。
                  下ろしているせいで無駄に鬱陶しい髪の毛を肩の後ろの方に払った。
                  「お疲れさん」
                  「ああ。大神殿も、お疲れ様である」
                  簡素な労いの挨拶を交わしてから颯馬は立ち上がった。ドラマの撮影も中盤だ。労うことにすら慣れてきた。
                  自分のペットボトルを取りに行くとメイクの女性がぱっと近づいてくる。こちらも手馴れたもので、ひと口水を飲んでから軽く目を閉じた。
                  「神崎くんお疲れ様! 相変わらずいいねぇ。雰囲気がまんま朝日だよ」
                  朝日、というのが、今回颯馬がもらった役の名前である。
                  「お褒めに預かり光栄である」
                  「こりゃ放送が楽しみだね」
                  屈託なく笑った女性は神崎の背中を軽く叩いてから、簡単にブラシを滑らせる。髪の毛を梳かしながら「神崎くん、ほんとに髪の毛綺麗だねぇ。梳かし甲斐がないよ」と言って、それから慌ただしそうに他の俳優の方へ向かっていった。
                  今回のドラマで、颯馬は主役という立ち位置だ。とはいえ基本的には成長物語なので主役並にでてくる登場人物があと二人ほどいるが。それでも名目上は颯馬が主役である。それに颯馬は女性用の化粧を施している男の役である。
                  だからメイクさんは真っ先に颯馬のところにきて、そのあとの時間で慌てて他の出演者の化粧を直すのだ。大変そうだな、とぼんやり思った。
                  「ザッキ〜」
                  ふいに声がかかる。晃牙だ。共演者ではあるが、学生時代からともに時間を過ごしているし、事務所もずっと同じ彼は共演者よりももっと近くて心強い存在だった。
                  「大神殿。直し終わったのであるか?」
                  「おう。俺様なんて一瞬だよ、テメ〜よりはな」
                  「しかしこれは我も未だに慣れぬ。くすぐったいし……」
                  「まぁ頑張れよ。結構すげぇぞ? 女っぽいのに男っぽい」 「どちらであるか」
                  「どっちもだよ。だからすげぇんだろ」
                  晃牙は適当なことを言ってTシャツの襟元をパタパタと動かした。もう夏が近づいてきている。屋内ではあるものの、クーラーをガンガンにつけるような季節でもない今は本当の夏よりも暑い気すらしてくる。長袖じゃなければ話は違ったかもしれないが。
                  颯馬はオシャレな襟のついたブラウスを着ていたので、晃牙のように体に風を送ることも叶わず「暑い……」と小さく呟いた。晃牙は少し同情したように「たしかにソレじゃ暑そうだな」と言った。
                  「破いては敵わんと思うと、ロクに動くことすらできないのである」
                  「動かなくていいだろ。そういう役なんだから」
                  「そうであるが……」
                  ちらり、と大道具に映る自分の姿に目をやってみる。共演者やスタッフの人たちはやたらと誉めそやしてくれるが、正直自分では自分のこの姿に違和感が拭えない。役がどうのということではなく、こんな神崎颯馬は今までいなかったから。
                  とはいえ撮影は終盤だし、そろそろ第一話はテレビ放送がなされる。違和感がある、などとも言っていられない。
                  気合いを入れるために頬を叩こうとして、そんなことをしてしまえば手のひらにべっとりとファンデーションがつくことに直前で気づき、パチンと両の手のひらを合わせた颯馬を晃牙は不思議そうな顔で見ていた。
                  
                  最近流行りのドラマがある。青年誌でヒットしている漫画をドラマ化したものだ。ジャンルとしては青春ミステリ、といったところだろうか。心に傷を負った大学生の青年が小さな謎を解いていきながら成長していく──みたいな。
                  その心に傷を負った青年というのを演じているのが颯馬くんだ。
                  気は弱く、内向的なのに他人に棘っぽく、生活力はなく整理整頓家事早起きの全てができない。正直全然颯馬くんっぽくはない。
                  颯馬くんは全然気弱じゃないし、めちゃくちゃ明るいかと言われればそれは嘘だけど、内向的という程でもないし、基本的に人当たりはいい。料理も洗濯も掃除もできるし、朝なんて日の出と共に起きだしている。
                  本当に、全く似ていない、けれど。
                  俺は目の前の画面で流れる映像に目を向ける。
                  噂のドラマの広告映像。 ツヤツヤとしたサテンのブラウス。白いスラックス。細いチェーンのブレスレット。白い頬に乗っかる淡いピンクのチークに、ブラウンのマスカラ。キラキラのアイシャドウ。コーラルピンクのツヤ系リップ。
                  美しくて可愛い女の子をつくる要素の全てを背負った颯馬くんが、薄暗くて散らかった部屋の中で眉を顰めて何かを言っていた。
                  そしてそれはびっくりするほど様になっていた。
                  亡くなったお姉さんの面影を自分の中に追い求めている儚げな風貌の青年らしいが、要は女装だ。女物の洋服を着て、女物の化粧を施した颯馬くん。さらに刀を手放し今っぽい言葉遣いに改めて、髪の毛を下ろせば、どこにだしても恥ずかしくない儚げ美女の完成だ。
                  画面の中では、颯馬くんの幼なじみを演じる晃牙くんが颯馬くんのほっぺたを片手でむぎゅ、と掴んでいる。
                  『いいのかよ、お前。友達もいなくて、部屋はきったなくて、あげく大学も卒業できずに就職もしねぇって?』
                  『はにゃしぇよっ』
                  『次の盆はねーちゃんに一体何を報告すんだよ?』
                  『……』
                  『あ? わかっ』
                  プツリ。
                  晃牙くんの台詞はそこで途切れた。俺がスマホの電源を落としたからだ。真っ暗になった画面には苦虫を噛み潰したような俺の顔がぼんやり映っている。
                  ……キスするかと思った。
                  わかってる。わかってはいる。これはそういう、ボーイズラブ的なドラマじゃない。あの距離の近さは親しさの表現だ。だからキスもしない。
                  でも。
                  そういえば颯馬くんは昔、学園祭でドレスを着ていたこともあった。当時は自分の喫茶の準備とかで忙しくて、ちゃんと見た訳じゃないけれど、後から見た写真はたしかにかなり似合ってた。でも、似合ってるけど颯馬くんもやっぱり男なんだな、とも思ったのだ。
                  例えば喉。顎から首、首から鎖骨までの骨格。肩幅。指。顔立ち。鼻筋。
                  ほっそいな、とか、うっすいな、とか、遠目で見ると女の子みたいだな、とか。そう思っていたけど、やっぱり颯馬くんも男なんだな、と。
                  スマホの電源をもう一度入れて、パスコードを入力する。現れた動画アプリは落としてその指でSNSを開いた。サーチワードは「颯馬」と「朝日」だ。
                  『朝日役やってる子、ハマりすぎて誰? って思ったら神崎 颯馬ってアイドルの子らしくてビビった』
                  『颯馬くん朝日似合いすぎ〜! 超美人!』
                  『実写ドラマ化微妙な気持ちだったけど、少なくとも神崎颯馬くんの朝日はいいキャスティングと言わざるを得ないな』
                  『颯馬朝日やってると印象全然違うね』
                  『颯馬くんマジで朝日やるために生まれてきた? 綺麗すぎる』
                  何スクロールかしてみたが、概ね好評だ。わかっていたけれど。だってまとめサイトに取り上げられたり、ドラマ放送日には関連ワードがSNSのトレンドを埋め尽くすほどの好評っぷりなのだから。
                  途中で見つけた『朝日役の神崎颯馬って子美人すぎる。男だけどヌける』なんていうメッセージにイラッとして、反射でブロックを押した。閲覧用のアカウントだ。多少個人の感情で動いたって問題あるまい。
                  まとめサイトも、芸能ニュースの記事も、颯馬くんのファンも、原作漫画のファンも、どっちも初見の視聴者も、みんな颯馬くんのことを美人だと言うのだ。朝日役の颯馬くんを、朝日になっている颯馬くんを美人だと褒め称える。
                  違う。違うのに。そうじゃないんだ、颯馬くんは。颯馬くんは……
                  「羽風殿?」
                  「そ、うまくん……」
                  声をかけられ肩を揺らした。入口の方で颯馬くんが不思議そうな顔をして立っていた。
                  「如何したのか、電気も付けず」
                  俺がここに来た時はまだ外が明るかったのだけれど、気がつかないうちに日が落ちかけていたみたいだ。部屋の中は薄暗く、開きっぱなしの窓からは冷たい風がそよそよと流れ込んできている。
                  最近暖かくなってきたとはいえ、さすがに夕方は冷える。
                  「SNSチェックしてたの。つい夢中になっちゃった」
                  「ふむ……大切だとは思うが、程々にした方が良いと思うぞ。嬉しいことばかり書いてある訳でもあるまい。それで気持ちが落ちては元も子もないのである」
                  見ていたのは颯馬くんのことだったけれど、それは言わずに「そうだね」とだけ口にした。
                  脳内にさっきの「ヌける」がよぎる。うるさい。どこの誰だか知らないが、颯馬くんのこといかがわしい目で見るな。
                  「うん、ほんと……そうだね……」
                  「ど、どうしたのであるか。そこまで嫌なものを見たのか?」
                  「う〜ん……」
                  「気にしすぎるでない。書いた方は別段深く考えておらぬことも多い」 颯馬くんは頑張って慰めてくれているが、何度も言うが別に俺に関するものを見ていた訳ではない。
                  「颯馬くん、今のドラマすごい評判いいね」
                  「ああ、あれであるか。皆にそう言ってもらうのだ。有難いことであるな」
                  しみじみ、といった風に颯馬くんは頷いた。
                  やっぱりみんな言うんだろうな、颯馬くんに。美人だったね、とかなんとか。
                  SNSで人気を博したからすごいんじゃない。すごいからSNSで人気を博すんだ。似合っていたのは嘘じゃない。
                  「羽風殿こそ、この間発売された雑誌の広告、随分いい評判ではないか」
                  「ありがと〜でもやっぱドラマと比べちゃうと弱い気しない? 颯馬くん、番宣引っ張りだこでしょ」
                  「番宣はまあまあである。紅月は『ばらえてぃ』の仕事にはあまり積極的ではない故。我も、あまり得意ではない」
                  「そう? 颯馬くん結構面白いと思うけど」
                  「……侮辱か?」
                  「まっさか!」
                  「ふふ、冗談である」
                  颯馬くんは楽しさを滲ませて笑った。その拍子にさらりと横の髪が揺れて、ああほら。
                  「……颯馬くんはさぁ、もちろん朝日似合ってるけど、朝日なんかやってなくても美人だよ」
                  「はぁ?」
                  「朝日が美人なんじゃなくて、颯馬くんが綺麗なの」
                  世間はみんなして、まるで朝日のおかげで颯馬くんが美人になったみたいに。
                  颯馬くんは朝日なんてやる前からずーっとずっと、それこそ出会った時から綺麗だった。なんなら出会った時の俺には綺麗すぎて痛かった。
                  暗いライブハウスのことを思い起こしてみる。
                  暗いし、やかましいし、空気も篭ってるし、みんなの鬱憤が怒声になって空気中にただよってるし、湿っぽい。
                  俺は嫌いじゃないけど、正直居心地のいい場所、とは言えない場所。
                  けれどそれは真面目で善良な一般人にとってだ。
                  不真面目で善性なんかクソくらえだって思っていた溢れ物にはそっちの方が居心地がよかったし、そしてそんな場所で颯馬くんは相当浮いていた。
                  だから痛かったし、癪だったし、嫉妬した気もするし、ムカついた。
                  同じ時のことを颯馬くんも思い出していたんだと思う。
                  悪戯っこみたいな顔をして言った。
                  (サンプルここまで)
漫画作品。
                  過去を回想する神崎。男には冷たく、女に甘い笑顔を向ける羽風の姿。
                  神崎(少しの顔だけを使い回して済ませているなと思った。怒りに任せて斬り付けた先の顔は、見せたくないものだっただろう)
                  回想。アクアリウムにて、神崎の発言を受けて「はは、無自覚なんだろうけど、けっこうグサッとくること言ってくれるよね」と無理に取り繕ったような笑顔の羽風。
                  神崎(咄嗟に選ぶ言葉の悪さと、忘れられず引きずる記憶力は近いところかもしれぬ) 神崎(後悔している暇もなく、行い(かお)は随分豊かになった)
                  誕生日の「本日の主役」たすきを掛けて、心から嬉しげにはにかむ羽風。
                  神崎(…我が目で追うようになったのかもしれぬが)
                  時は流れて、ズ!初年度。電話相手に怒鳴り声をあげる瀬名。
                  瀬名「あのねぇ!言ったことって戻んないからね!?」
                  自分宛ではなくとも、怒声に思わずびくつく神崎。
                  (サンプルここまで)
小説作品。
                  ジメジメした梅雨の兆しもすっかり消え去った七月、颯馬は一人クーラーの効きすぎた電車に乗り、電子チケットの使い方を今一度確かめていた。高校を卒業してから四ヶ月が経ったが、自身を取り巻く環境はさほど変わりない。しかし唯一の変化といえば「部室で小さな生き物たちに癒しを求めることができない」だった。これは颯馬にとって大打撃である。ならばOBとして、忍のよしみで辛うじて存続している海洋生物部の部室に顔を出せば良いのだが、それはなんだか、理由もないのに何故かしょっちゅう顔を出していた先輩の行動を真似ているみたいで気が引ける。そういうわけで颯馬は今日、もうずいぶん馴染み深くなったあおうみ水族館に一人で赴いていた。一応奏汰に「今日水族館に行く」ということを伝えると、「最近取り入れた電子チケットを使ってみてくれ」、とのことだったので機械の苦手な颯馬にとってチケットを登録するだけで一苦労であった。
                  (電波が悪い時のために、「きゅうあぁるこぉど」を「すくりぃんしょっと」……すくしょをとっておくと良いのであったな)
                  一緒にチケットの登録を手伝ってくれた敬人の助言を思い出し、カシャリとチケットのスクショを撮ったタイミングで、電車は水族館の最寄駅に着く。プシューと音を立ててドアが開かれると外から不快なほどの熱気が押し寄せ入り口付近を占領した。今日の最高気温は三十四度を超える。改札を出るとすぐ、夏の日差しが真白い肌に焼けるように照りつけた。
                  水族館に着くまでにすでに五百ミリリットルのペットボトルの水を飲み干した颯馬は入り口付近に設置してある自動販売機でもう一度同じ水を購入し、駅からここまで歩いてきた喉の渇きを潤しながらぼーっと付近を見渡した。この季節にあおうみ水族館へ赴くと、どうにも初めてここを訪れたあの日を思い出す。あれは確か、失踪した奏汰を探すためという目的のもと、好色一代男がプロデューサーに手を出さないよう見張るという役割を買ってでたことから始まった、二年前の夏の一部。あまりに印象に残っているため「あれから二年」というときの流れの速さに若輩ながら少し驚く。
                  当時、イルカショーは成功したもののそのショーの楽しさは館内に入る前の不快な会話を上書きするほどの効力は持っていなかった。あの時自分が何を言ったか、今でもはっきりと覚えている。毒を吐いたのは自分なのに、その毒は相手諸共 颯馬の脳を侵食し、今でも思考に影響を及ぼしてくる。まるでクラゲに刺されたようだ。クラゲに刺されたら「直ちに海水で患部を洗い流す」というのが適切な対処法だというのに、生憎周りに海水などなかった。

                  無事に電子チケットを利用して館内に入ると、そこは三十四度を超える中を歩いてきてかいた汗をひんやり冷たくさせるくらいに涼しく、わずかに取り入れられた外の光が頭上でキラキラと輝いていて、それはまるで自分も海の中に入ったように美しかった。館内は未就学児を連れた家族が数組と老夫婦の他に人はおらず、学生時代には不可能だった「平日に娯楽を楽しむ」ということに新鮮な優越感を覚えながらいそいそと足を進めていく。心なしか、以前日曜日に訪れた時より魚たちの泳ぎが優雅に感じるのは、平日の館内の客の落ち着きのせいだろうか。
                  「あ、ぼっちの黒髪美人をはっけ〜ん!」
                  ……最悪だ。なぜ奴がここにいる。よく聞き慣れた軽薄な物言いに、早々に辟易する。直ちにこの場を去りたくて足を早めてすぐさま別のコーナーに移ったものの、当然のように奴がついてきたため一人になることは叶わなかった。
                  「うん、相変わらず無視だね〜」
                  「我は黒髪ではないぞ」
                  「そこ? 美人は否定しないんだ。でもさ、君の髪色、暗めの光を浴びたら黒髪に見えるんだもん」
                  そんなこと知ったこっちゃない。それにここは部室ではないので、雑談を交わす気はサラサラなかった。
                  「聞いたよ〜颯馬くん、卒業してから海洋生物部として集まれないの寂しくなっちゃって、一人で水族館来たんだって?誘ってよ〜水臭いなぁ、水族館だけに」
                  「やはりその口、削ぎ落とさねばな」
                  「ちょっと、物騒なこと言わないでよ」
                  薫は削ぎ落とされそうになった口を手で隠しながら、「怖〜い」とケラケラ笑う。
                  「颯馬くん、ぼっちで寂しそうな顔するくせ誰も誘おうとしないからさ、近いうちに俺から水族館に誘おうと思ってたんだよ。だから丁度いいね!」
                  「何が丁度いいのだ」
                  颯馬にとっては不都合だ。だって、せっかく一人で平日の娯楽を謳歌しようとしたところにやかましい先輩が混ざり込んできては台無しである。目の前を泳いでいた青い熱帯魚が奥へと行ってしまったのを見届けて、颯馬も一人次のコーナーへ足を進めた。やはり当然薫も、その後を付いてくる。
                  その後もぽつぽつと部活で得た海洋生物の知識を話しながら、結局二人並んで雑談を交わすハメになった。ろくに部 活に参加してなかったくせにやたら海の生き物の生態に詳しいのは、卒業してもなおしょっちゅう顔を出すくらいには部活に愛着を持っていたからなのだろうか。
                  クラゲのコーナーに着くと、二人は吸い寄せられるように円柱の水槽に近づいた。部室にあったクラゲの水槽よりよっぽど大きく、一面の寒色がより壮大に感じる。
                  「俺ね、クラゲみたいだね、って言われたことあるんだ」
                  「……髪型の話か?」
                  「あはは、違うよ〜、多分性格の話。いつだったっけな〜、女の子と別の水族館でデートした時にね、綺麗で自由気ままに泳ぎ回るところが重なったらしい」
                  昔のデートを思い出す薫の目の前を泳ぐクラゲたちは、まるで花弁のような胃を透かして所在なくふよふよ揺蕩っている。
                  「目を持たないクラゲはさ、光こそ感じられるものの姿形を目視することはできないじゃん?」
                  それは、光を感じる「眼光」という目に代わるものは持つものの「何かを見る」ということはできないという、水クラゲの生態の話だった。よく知っているではないか。そんなクラゲは、脳も持たない。
                  「俺がクラゲだったら、産まれたままの姿であっても、それをいくら着飾ったとしても、自身がどう他人の目に写るかなんて知らない、知ることができない。そんなんじゃアイドルなんてできないよね」
                  颯馬は薫の表情を窺った。先ほどまでの一人楽し気なナンパ男はいったいどこへ行ってしまったのか、水槽を照らす光がまつ毛の影を落としている数センチ上の目元はどこか寂しげな色を帯びており、まるで会話をする気のないクラゲに何か訴えているかのようだった。
                  「脳を持たぬクラゲは、何を考え、何を生きがいに水を揺蕩っておるのだろうか」
                  「え〜、クラゲの生き甲斐なんて考えたことなかったなぁ」
                  クラゲが生きる理由なんて、颯馬も知らないし、考えたこともない。ただ今はなんとなく、クラゲと薫を重ねることを否定したかった。しかしそれは颯馬の言葉ではなく、薫自身の言葉で否定してほしい。それに、会話の相手はクラゲじゃない。
                  「でもさ、クラゲって短く儚い生命の中で何度も姿形を変えてるらしいじゃん? だからさ、クラゲはクラゲとして産まれてきてよかった〜とも、別の生き物に生まれ変わりたい〜とも、思ってる暇ないんじゃない? まぁ俺は俺として産まれてきてよかった〜って思ってるけどね」
                  「二年前の当てつけか?」
                  「え、二年前? あ〜、もしかして奏汰くん探しに行った時
                  (サンプルここまで)
漫画作品。
                  1年生のアドニスが、廊下で神崎と話し込みながらライブチケットを渡している。
                  アドニス「神崎。近々俺は初めてのライブ…に挑む」
                  神崎「ふむ…ゆにっと名を変えたのか」
                  アドニス「ああ。それもあって、もしかすると今回はリーダーを欠くかもしれない。だがここが踏ん張り時と心得ている。友のおまえに見ていてほしい」
                  神崎「無論!あんでっどのらいぶだな」 神崎「蓮巳殿は古巣への義理でか運営に関わるようだが、我に手伝わせてはくれぬのだ。しかし、まさか友の応援をも阻まれはすまいよ。お誘いありがとう。必ず馳せ参じよう」
                  アドニスと別れ、一人部室へと歩みを進める神崎。一転して笑顔が消える。
                  神崎(らいぶ『対決』と言わなかったな。あどにす殿は優しい御仁だ。正しく法に則っていたとて、戦いに心を痛めるであろう。) 神崎(この泰平の世にあって思いがけぬ戦働きに喜び奮う我を許せ、友よ)
                  部室の扉を開けると、羽風が一人ソファに座っている。
                  羽風「あ…来るんだ。奏汰くんは放課後しばらく来れないってよ」
                  神崎「うむ」
                  羽風「なんか集会?があるって。…部員が減ったらここも縮小されるのかな」
                  神崎「部長殿はこれらの雑魚をも決して放っておく御仁ではない。万が一の時も我が水槽は維持せねば」 神崎「すでに生まれ出でてしまった命を無碍にはできぬ」
                  羽風「それはそう…」
                  ふと興味を引かれて起き上がる羽風。神崎は背を向けて水槽を覗き込んでいる。
                  神崎「む、餌が引っかかる。こ、この…ごちゃっとしていて」
                  羽風「石、動かすのやめてね。これね~わざと隙が作ってあるから」 羽風「あのね、狭い水槽に色んな種類や性格の子が同居してるから、あえて見通し悪くなるように石を積んでおくのね。広々泳げない子たちの隠れ家になるように」
                  神崎「ほう」
                  水槽の世話に夢中で、いつのまにか至近距離で話し込んでいたことに気付きハッとする羽風。
                  (サンプルここまで)
小説作品。
                  「っていう夢を見たんだよね」
                  人は二度寝の時の方が鮮明な夢を見やすいらしい。眠りのサイクルの関係で、二度寝時にはレム睡眠、つまり脳が働いたままの眠りであることが多いからなのだとか。しかし今の時刻は朝六時で、二度寝して起きたにしては早すぎる気がする。
                  「話聞いてた?」
                  「聞いてはいたが……」
                  「どうだった?」
                  「どう」
                  この話を仮に十人が聞いていたとして十人が同じように抱く感想は『長い』だろうか。簡潔に要約すれば『薫自身が女で生まれていた夢を見た』といった旨らしいが、内容に関する感想が最初に出てこない時点でお察しである。とりあえずインタビューで今日見た夢の話を聞かれた時に同じ話をしない方がいいことだけは確かだった。
                  「特に何も」
                  「え、そう? 人の夢の話面白くない派閥の人?」
                  「夢の話というか」
                  貴様の話が、と言いかけてやめた。正直は颯馬の良さの一つだが、良心の所持もそれに並ぶ良さの一つである。しかしその後に会話を続けようと思うほどの良心というか、義理というものは薫に対しては持っていなかった。正しく無言が続いた後、先に口を開いたのはさすがに薫の方だった。
                  「もし俺が女の子で生まれていたら絶対に颯馬くんとは付き合いたくないんだけど」
                  「はあ」
                  「逆に颯馬くんはさ、女の子に生まれていたらどうなっていたと思う?」
                  「知らん」
                  「知ってる知ってないじゃなくて、どう思う? って話」
                  すこん、と音が鳴り大根がすべて切り終えられた。全部綺麗な銀杏切り。料理を始めたてのときはまちまちというか、才能を見せすぎて薄っぺらだったのも最近は当たり前のように噛み応えと食べやすさを両立した厚さで切り出せるようになった。そんな大根とは真逆のぺらぺらの話から、どう思うだなんて言われても無理がある。
                  「思いつかぬ」
                  「いいよ、そんなに急がなくて。俺も朝暇だし」 「実は我は羽風殿とは違いそこまで暇ではないのだ」
                  しっしと犬を追い払うように手先を動かしてみても当然のように相手はカウンターの向こう側から動かない。まあ一応犬ではないのだし仕様が無いと言えば仕様が無い。手振りではなく、言葉での交渉のほうがさすがに通るか。
                  「羽風殿が羽風殿にとって印象的な夢を見たのはわかったのだが」
                  「うん」
                  「それを我に話そうと思ったのは何故だ?」
                  ひどくつまらない夢の話は一応ちゃんと聞いていた。ちゃんと聞いていた上でその夢の話の登場人物には颯馬はいなかった。わざわざ特に颯馬に関係ない話を、朝早くから颯馬にしに来た理由は何なのだろうか。UNDEADなんて特に朝方の活動が少ないユニットで、起きる意味なんてどこにもないのに。
                  「俺が颯馬くんに話す理由とかいちいち探してもさ」
                  「ああ」
                  「そんなもの無いんだから意味無いじゃん?」
                  「はあ」
                  話す理由を都度探す行為に対する情緒の無さを説かれるのならまだ納得がいっただろうが、堂々と開き直られるのは何だか違う。聞きたいのはどちらかというと話したい理由ではなく、話したいからといってわざわざ目覚めてすぐにいると確証もないキッチンに向かうその原動力の所在である。言葉による交渉は失敗していることは分かった。
                  「颯馬くんだって人に意味無く話しかけたことくらい、あるよね?」
                  「まあ、そうだな」
                  「でしょ? 颯馬くんが良くて俺が駄目なことないもんね」
                  それはそれでありそうなのが事実であった。日ごろの行いと印象値で相手の接し方、その態度が変わることを身をもって知っているのはまさしくこの二人の共通項の一つである。
                  「それは、羽風殿のほうが覚えがありそうだが。女に生まれ変わってどうこうと言っていたではないか」
                  「え~、そんなに昔の話するの? ねちっこいね、颯馬くんは」
                  「そもそも貴様があんなことを言っていなければ良かったのではないか?」
                  目の前の薫に背を向け、颯馬は鍋の蓋を開ける。底に沈む昆布は昨日奏汰から受け取ったものだ。どこで採れたものなのかはわからないが、恐らく毒性はないはず。コンロを点火するほんの些細な音が嫌に大きく聞こえた。ふつふつと水が熱されるのを見守っている最中、またその静寂を裂いたのは薫だった。 「もし颯馬くんが本当に女の子だったら、俺はもっと格好つけてた」
                  「そうか」
                  「そうだよ。今みたいに仲良くお話ししたりとか、できないと思う」
                  「今仲良く話せているつもりなのだな、羽風殿は」
                  「うん。だって仲良しでしょ? こうやって自然体で話してるのも、颯馬くんが颯馬くんなおかげだよ」
                  「何もせずに突っ立っているのが自然体なら、格好つけている方がましなのではないか?」
                  「そうかな? もしもの話を比べるのも変だけど、俺はたぶん男の子の颯馬くんと話している今の方が楽しめていると思う」
                  そういうことを言いたいのではない、と振り返りかけたが沸騰しかけた鍋の中身に遮られる。薫がいようがいまいがやることは普段と変わらない。正体不明の昆布を鍋から出して、今度は外ロケのときに訪問した店の人に御厚意でもらった鰹節を入れるのだ。丁寧な暮らしの具現化みたいな行動は、芸能界の中ではきちんとそういうキャラクターとして受け入れられている。ふわふわと空をも飛べそうだった鰹節は水分を吸って軽さを失いしぼんでゆく。
                  「そもそも、我が女として生まれていたら。羽風殿と出会うことなどなかっただろうな」
                  「え、そんなに避ける予定なの?」
                  「そうではなく、会う機会があるわけが無い」
                  「どうして?」
                  「懇切丁寧に説明してやってもいいが羽風殿なら察しはつくだろう」
                  突き放すような言い方になったのは相手の顔を見ていないからだろうか。逆に、顔を見ていないからこそ言えたことかもしれない。
                  今ここで呑気に味噌汁のための出汁を取ることが出来ているのだって、ただ運が良かっただけ、たくさんの選択肢の中で運良くアイドルになるための正解を引き続けることが出来ただけなのだ。些細なひとつひとつがずれていただけでもこうなっていないのに、あの日あのライブハウスに行くことも、夢ノ咲学院に入ることも、アイドルを志すことだってなかっただろうに。生れたときの性別だなんて大きなものが違っていたのなら、どれだけ軌道修正を重ねてもここにたどり着くことなんてなかった。
                  自分の出自を、それによって決定づけられる進路の重さを二人とも痛いほどわかっている。もし生まれ変わりなんてしたら、出直すことなど不可能なのだ。
                  「そっか。そうだね」
                  (サンプルここまで)
右半分は、女子の制服を身に着けた神崎に睨まれながら後ろから抱きこむ羽風のイラスト作品。
                  左半分は4コマ漫画。
                  タイトル『ろぶすたー』
                  いきものクラブ(オーシャンズ)総出であおうみ水族館を掃除中。
                  瀬名「ちょっと深海、さっきからぷかぷか言ってさぼってないでよねぇ。」
                  深海「うふふ~、『くらげさん』はいつもぷかぷか気持ちよさそうですねぇ。うまれかわったら『くらげさん』になるのもいいかもしれませんねぇ」
                  瀬名「それ今とあまり変わらないんじゃないの?」
                  深海「いずみはなにがよいですか?『えびさん』ですか?」
                  瀬名「好きだけど別になりたいわけじゃ…俺はまた俺になりたい」
                  仙石「瀬名殿!エビといえば、知ってるでござるか?ロブスターは寿命がないらしいでござる!」
                  瀬名「へぇ、すごっ。初めて聞いた。」
                  仙石「ロブスターになれば不老不死でござるよ!」
                  奥の方で「あとでデートしない?」「しない。」とじゃれながら近づいてくる羽風と神崎。
                  羽風「へぇなになに。せなっちロブスターになりたいの?初耳~」
                  瀬名「かおくん!違うから!」
                  深海「いいですねぇ、ろぶすたーおいしそうですねぇ」
                  仙石「最後には美味しく食べてもらえて幸せでござるな!」
                  瀬名「意味わかんない、俺ならないから、食べられないからやめて!!」
小説作品。
                  ラブホテルから出て、しまった、と思った。
                  何の因果か。たまたまそこを歩いていたのは、俺の身の安全上最もこのタイミングで出くわしたくない後輩だった。菖蒲色というかわいい名前で呼ぶには躊躇われる凍てついた紫の瞳が、俺の心臓を抉り取らんとする覇気で向けられる。
                  結果だけ言うと、俺の頭と胴体は今でも仲良くくっついている。
                  それは多分、颯馬くんが斬りかかってくるよりも早く俺が女の子に平手打ちされたからだ。
                  
                  「本当に、真に、嘘偽りなく、行為に及んでおらぬのだな?」
                  「しつこいな〜。疑うなら神さまにでもなんにでも誓ってあげるよ」
                  「それがなんの役に立つというのだ」
                  ほっぺた、紅葉模様が残ってるだろうなあ。晃牙くんに怒られるかなあ。そんなどうでもいいことを考えながら、俺はかれこれ十分ほど颯馬くんからの尋問を受けていた。
                  そろそろ夏も遠く、秋も深まる時期。だというのに太陽は未だに強くアスファルトを焼いている。
                  そんな炎天下の中で今の状況といえば、ラブホテルの前で高校生アイドルが口論をしている。マスコミにとって、キャビアが砂浜に転がっているような状態。額に浮かぶこの汗は暑さからくるものではなく、冷や汗だ。
                  こういうとき、颯馬くんのポンコツっぷりは手に余る。なぁんにも気にしないんだもんこの子。目の前の俺しか見えてない。熱烈なのは嫌いじゃないけどね。
                  こんな姿をマスコミに撮られでもしたら、文字通りワンちゃんに噛みつかれちゃう。俺は颯馬くんの背中を押して大通りへ場所を移した。
                  「行為に及ぶのをお断りしたからこのほっぺたになってるんだよ」
                  「貴様の言葉は信用できぬ」
                  「君に信用される必要はないよね」
                  まだまだ続く平行線の言い争いに、いい加減うんざりしてくる。でも、それは向こうも同じだったようだ。
                  鋭く乾いた音が鼓膜を刺す。同時に、手にじわっと痛みが生まれる。俺の手を叩き落した颯馬くんは、自分の清廉潔白を信じて疑わないような、真っ直ぐな瞳をしていた。 それが、酷く癇に障る。
                  「我は貴様のことを想って忠告しておるのだ」
                  その瞳と言葉が、父親と重なる。お前のため、お前の将来を考えて、お前を想ってのこと。二重になるノイズ音は、まるで羽虫が耳元を飛び回るような不快感だ。
                  けれど、きっと彼らに悪意はない。本当にただ、心からそれが正しいと思ってる。
                  だからこそ、こんなことが言えてしまうんだ。
                  「母上殿に胸を張れるような人生を送れ」
                  もうなんだか、笑っちゃって。
                  馬鹿らしいんだか、正しいんだか、おかしいんだか。
                  そうだね。お母さんが喜んでくれたら嬉しいね。喜ぶ顔が見たいね。
                  見れないけど。
                  「颯馬くんが疑ってるようなことはしてないよ。本当に」
                  ずっとお母さんのお腹の中にいたら、こんな雑音聞かずに済んだのかな。お母さんの鼓動だけを聞いて、怖いものなんて何もなくて。世間の目や責任なんてもの、何も考えずに済んで。
                  思考なんて存在すらしていなくて。お母さんの熱に抱かれて。この世には俺とお母さんの二人しかいない。海に抱かれて眠るような、そんな世界。
                  「病気とか妊娠とか、そんな万一を考えると、とてもじゃないけど責任持てないや」
                  けれど、俺はもう生まれてしまったので。
                  「羽風さん家のご子息って、そんなに幸せなものでもないしね」
                  生まれてきたことが間違いだったとしてもさぁ、今更どうしようもなくない?
                  自分でもドン引きするぐらい重たい内容をつらつら吐き捨てているつもりなのに、空気の読めない後輩くんは全く引かない。それどころか距離を詰めてくるものだから、堪ったものじゃない。この子の心臓、鋼で出来てる?
                  それに対して、俺の心臓はしっかり生身でできているわけ。
                  「生を享けたからには、必ず意味があるものだ」
                  颯馬くんの一言一言が俺の心臓で爪を研ぐ。俺の腕を掴んでくる颯馬くんの力は、不思議なほど弱い。指先は迷うように、力を込めては弛めている。それなのにその目だけは頑なに俺を見据えていた。
                  心臓が鋼で出来ていようがスライムで出来ていようが、この子だって人間のはずだ。けど、たとえ地球に隕石が降ってきたってこの子は平然としているんじゃないか。そう思えるほど、この子が傷つく姿を想像できなかった。
                  怒らせることなら簡単なのに、傷つける術は分からない。 暴言を吐いたところで、きっとこの子は傷つかない。
                  もしも、この子に傷をつけられるとするならば。思い出されるのは、戦時中のようだった昨年。地獄の業火の上で悲鳴を上げるように歌声が重なり合っていたあの頃。
                  あの時この子は、傷ついたんだろうか。
                  そんなことを考えていて、ふと自己嫌悪。これじゃこの子を傷つけたいみたいだ。
                  「意味のために生まれるとか、人間じゃなくてただのモノじゃん」
                  黙って考えていると気持ち悪くなっちゃいそうで、無理矢理言葉を絞り出した。
                  怒らせることなら大得意なのに、颯馬くんが傷つきそうな言葉は結局思い浮かばなかった。動揺ぐらいならしてくれるかな、なんて。やけくそにも近いそんな言葉。
                  傷つく言葉の一つも分からないぐらい、俺は颯馬くんのことを何も知らない。そんなことを思い知らされる。
                  「俺の人生に説教したいなら、死んでヒトとして生まれ変わってからにしてくれない?」
                  今でも人だ、という怒声を予想して、身体を捻って身構える。颯馬くんに掴まれている腕がねじ切られる覚悟もしたけど、なんの反応も返ってこなかった。
                  無言、沈黙。突然固まった空気に、俺の方が動揺する。
                  不思議に思って颯馬くんの方へ身体を戻すけど、俺が颯馬くんの表情を見ることは叶わなかった。
                  それは、物理的な事情の話。
                  
                  だってその時、海が落ちてきたから。
                  
                  「ぶえっ!」
                  バケツをひっくり返したようなと表現するには生温い、急な大雨。この街ごと滝の真下にワープしたような、目も開けていられないほどの豪雨だ。
                  口に入ってきた水を思わず吐き出す。なんとなく、塩辛いように感じた。
                  折り畳み傘すら持っていない今日の自分を恨むけど、持っていたところで意味はなかったと思う。サーフィンでの防水に傘を持っていくに等しい。
                  アスファルトを殴るような雨音に交じって、何か違う音が薄っすら聴こえてきた。それが颯馬くんの声だと分かったのは、三回聞き返した後だった。
                  「何⁉ ごめん! 聞き取れない!」
                  何か俺に伝えようとしているのは分かるけど、雨に潰され言葉が形を成していない。颯馬くんの声がする方向へ数歩近付く。
                  (サンプルここまで)
漫画作品。
                  神崎「部長殿!宜しければ昼餉を共に――」
                  部室の扉を開けるが、しんと暗く静まり返っている。
                  神崎(……急ではやはり居らぬか……)
                  大きな水槽を回り込むと、死角になる位置で羽風がスマホをいじっている。
                  神崎「居るなら返事くらいしたらどうであるか」
                  羽風「奏汰くんじゃないのに?」
                  羽風がゼリー飲料を手にしていることに気付いた神崎。
                  神崎「……放課後はゆにっとの活動があると聞いたが、昼はそれだけか。……一人分であればついでに作るが」 羽風「今日はユニットより大事な用事があるからさあ、無駄に食べたくないんだよね。あと普通に男の手料理はパスかな(笑)。気にしないでほっといてよ。奏汰くんなら雨だし屋上じゃない?」
                  神崎(何だ彼奴。毎度毎度角の立つ態度を取りよって!)
                  雨の屋上から奏汰を回収し、調理に励みながら考えごとでいっぱいの神崎。
                  神崎(甚だ解せぬ。「あいどる」でありながら向上心が見えぬだけでなく、おちょくるような態度ばかりで万事真面目に取り合おうとせぬ。この世の者みな善人であれとは思わぬが、単純に不利益しか無かろう) 身の回りの人たちから羽風への評価を思い浮かべる神崎。
                  親友・アドニス「昨日は部活があるからと言っていたが……」
                  神崎(曰く、たまに嘘を吐く。……が、悪人では無いと)
                  親友の仲間・晃牙「たぶんワザとウゼ~呼び方してくンだよ。逆にちゃんと覚えてんだろ、オレらのこと」
                  神崎(曰く、あのような態度はゆにっとの仲間であれ変わりがないと)
                  尊敬する部長・奏汰
                  神崎(曰く、互いに良い「友達」であると)
                  伏せた目を上げる神崎。 神崎自身の目に映る羽風。
                  水槽の音だけが響く暗い部室で一人ソファに座って、揺れる魚たちを眺める後ろ姿。 神崎(深追いはせんが腑に落ちぬ)
                  それはそれとして、場面変わって昇降口。
                  転校生にちょっかいをかける羽風を引き離し、部活動の手伝いをさせる神崎。
                  神崎「貴様またゆにっと練習を怠って軽薄な!!」
                  羽風「何で把握してんの、キショいな~!」 羽風「本当毎回毎回邪魔してくるなあ~。転校生ちゃんに過保護じゃない?」
                  神崎「過保護ではない。貴様を警戒しておるのである」
                  羽風「身に覚えがな~い。颯馬きゅんがお固いだけでしょ」
                  神崎「よくもぬけぬけと……。我からすれば、己が満たされたいが為に他者を消費することを顧みぬように見える。霞のような軽薄さで芯が掴めぬから信用もできぬ。どのような意図でそのような態度か預かり知らぬ所ではあるが、振る舞いはいずれ己自身になる。故に、そのような生き方、到底看過できぬ」
                  一気に鋭く冷めた目つきになり立ち止まる羽風。
                  羽風「やめてよ父親じゃないんだから」
                  (サンプルここまで)
小説作品。
                  ジェットコースターの、頂点から落下する直前に感じるような浮遊感。その直後に、脳を揺さぶられるような不快感。それを抜けると待っているのは、凄まじい倦怠感。
                  眠っているはずなのに夢の中で強制的に覚醒を促され、頭は酷く重い。何度経験しても、それどころか回数を重ねるほどに酷くなっていくその感覚に薫は眉根を寄せて耐える。
                  まるで夢と現実の境界が曖昧になっていくような奇妙な感覚は、たとえ実験のために飲んだ睡眠薬の副作用や機材の仕様とわかっていてもとても好ましいものなんかではなく、うっすらと恐怖すら覚えるものだ。最初は好奇心から率先して協力を買って出たものの、今では少し、いやかなり後悔している。何が楽しくて己の、そして仲間の黒歴史めいた過去を口出しすることもできずに黙って見守らなければならないのか。『A II E』の実験も折り返しを過ぎた今、これは出る杭を打つための新手の拷問か何かなのではないかとさえ勘繰ってしまう。
                  (さて……今日はどこに向かわされたのかな)
                  重たい瞼がゆっくりと開かれる。腕が勝手に上がり大きく背筋が伸ばされる。もう一度瞬きをすれば、自分の眼下で夕日に照らされた金髪がきらりと光った。ひとつに括られた金色の長髪が映える鮮やかな空色のブレザーに、着崩された白いシャツ、グレー地にチェック柄のスラックスを履いた男は小さく息を吐くとベンチから立ち上がる。金髪から覗く灰色がかった瞳は、この世のすべてを諦めたように冷めていた。
                  (あ~……今日もこの時期かぁ……)
                  夕焼けの空を漂いながら、薫はがっくりと肩を落とした。
                  『A II E』の実験はいわば〝明晰夢を見る〟といったものだった。過去の自分を俯瞰しながら自由に動くことができ、同じく実験に参加しているメンバーとの会話も可能。しかし、現在の自分と過去の自分の意識は繋がっていない。あくまで夢の中で過去の自分を見ているような感覚。たとえばそう、フィクション映画を見ていたつもりが実は自身のドキュメンタリー映像と判明するも、途中退室が許されずただただスクリーンを見るしかないような、そんな感じ。
                  だから嫌なのだ。せめて過去に干渉して、少しでもダメージを減らせればいいのに。否定はしないまでも、記憶の奥底に仕舞い込み鍵を固くかけていたこの頃の自分の振る舞いの数々に、薫は一方的に殴られているような心地すらしていた。 尤も、本人たち曰く『我輩イキりすぎ』な零や、『ミーハーすぎて見てられない』という晃牙に比べればまだマシだと言えるが。薫にとってこの頃の自分は、あくまで『自分が望んだ自分』だった。
                  すり足気味でのろのろ歩く過去の『薫』をふよふよ宙に浮きながら眺める。繁華街にはデートやナンパは勿論、家に帰るまでの暇つぶしでよく訪れていた。星の数ほどあるここでの記憶に、果たしてこの回想はいつの出来事なのかと薫は首を捻りながら『薫』の後を追う。
                  答え合わせの時間は、思いのほかすぐに訪れた。
                  『お~い、鬼龍くん♪』
                  俯きがちに歩いていた『薫』がふと顔を上げる。感情のすべてをどこかに置いてきたような顔をしていたくせに、一瞬で笑顔の仮面を貼り付けた。けろりとした明るい声に呼びかけられた同級生——紅郎もその声に顔を上げ、『薫』に片手を軽く上げて応える。
                  紅郎を呼び止めた『薫』は終始上機嫌そうに笑っていて、しかしその言葉には熱がなくて、何にも残らないような会話を繰り広げている。それでいて紅郎を用心棒としてちゃっかりスカウトしようとしているのだから、我ながら大したものだと感心すら覚える。今となっては良い友人である千秋のことは記憶の片隅にすらないくせに紅郎のことは覚えているのも、ひとえに自分に利益を生む存在だと見定めていたからだ。あの頃はアイドル活動を他所に放蕩の限りを尽くす傍ら、地下ライブハウスのオーナーとして、それなりにそのマネジメントにも精を出していた。この世界の『薫』は、反抗期と責任感が今にも崩壊しそうな歪なバランスで成り立っている。
                  『まぁともかく、暇なら一緒においでよ』
                  どうやら熱心に紅郎を地下ライブハウスに勧誘しているようだった。後にも先にも自分が紅郎に繁華街で声を掛けたのは、薫の記憶が確かならば一度しかない。そしてその日、ライブハウスにいた面々は──
                  薫の脳裏を過る顔ぶれ。そのうちの〝一人〟がこちらを振り返るより先に慌てて頭を振り、その姿を脳内から消した。
                  あの日が、この先で待っているとしたら。
                  (う~ん、いや、まだわかんないよね……この前の〝吸血鬼騒動〟みたいに史実と夢で食い違いが起きてる可能性もあるし……)
                  頭を抱えて唸っても一人。
                  この夢は薫のコントロール下には勿論なく、『薫』の申し出を了承した紅郎を連れて『薫』はまたすり足気味な歩調で歩き出す。
                  先程よりも軽く見えるその足取りに、薫は胃が痛むのを感じた。 ⋆

                  地下ライブハウスはまだ夕方だというのに大盛況だった。入り口から舞台まで、どこか興奮気味の男たちが所狭しとひしめき合っている。浮遊するだけの薫には何の障害もなかったが、意気揚々と扉を開いた『薫』は人波に揉まれぐったりとしていた。人混みは今でもあまり好ましくないが、当時の自分はそれがむさくるしい男たちとあって尚更げんなりとしている。今にも吐き出しそうに顔を引き攣らせていた。
                  ちらりとステージを見遣ると、零が昂った男たちを煽るように歌っていた。その後ろでは敬人が動揺した様子で、けれど懸命に零に着いていっている。薫は泳ぐように空気をかきわけてステージに近づき、辺りを見回した。スピーカーからガンガン湧き出す音は、この空間を、この会場さえも割ってしまいそうなほど暴力的だった。
                  『零くん! 俺だよ! 近くにいる?』
                  大声を張り上げても返ってくるのは当時の零の歌声のみ。念の為晃牙と、当時この会場に居合わせていたかどうかはわからないアドニスの名前も呼んでみるが、やはり返事はない。どうやら今日、他の三人はこの時間軸ではない夢を見ているらしい。
                  依然としてこの『A II E』の規則性というのは掴めないままだった。四人全員で同じ時間軸に飛ばされて記憶と異なる〝回想〟を延々と眺めさせられることもあれば、二人一組になって黒歴史をまざまざと見せつけられることもある。若干の心細さを覚えながらも、薫は諦めて再び『薫』の姿を人混みから探し始めた。
                  (あ、見つけた)
                  カラフルな派手髪が集う空間でも自分を見つけるのは容易かった。この世界では、その世界の自分と感覚の共有はできないにもかかわらず、糸か何かでつながっているように自分の位置を知覚することができ、そして自分と一定以上の距離を取ることはできないようだった。
                  先程まで人混みで酔いかけていた『薫』は、何かに引き寄せられるようにふらふらと人垣をかき分けていた。それはまるでミツバチが花の香りに誘われているような、甘美な誘惑を前に我を忘れているような、とにかく浮かれているといっていい様子で、薫は自分のことながら顔を覆いたくなった。
                  『薫』の金髪を空中から追いかける。『薫』は零の歌に拳を振り上げる観衆を気にも留めず進んでいく。
                  心臓がどくどくと脈を打つ。
                  俯瞰する視界で美しい紫紺がきらりと輝く。
                  一瞬、息が止まったような心地がした。 綺麗に手入れされた絹のような長い髪。すらりと伸びた背筋。混沌とした会場にあってもその人の周りだけは凛とした空気が漂い、どこか近寄りがたい、冒してはならない神聖な領域のようだった。左右にさらりと流された艶やかな紫紺からちらりと見える、透き通るような白い肌。そして、その凛々しい立ち姿を彩るような、清廉でどこか甘さを秘めた香り。
                  覚えている。忘れるわけがない。忘れてはいけない。
                  たとえ〝あの子〟が忘れようと、自分だけは、忘れるなんてことがあってはいけない。
                  『……? 何だ貴様?』
                  自分に近寄る人の気配に気付いたらしい〝あの子〟が振り向いた。
                  訝し気に細められた澄んだ菫色──神崎颯馬の瞳に『薫』の姿が初めて映された瞬間だった。少し警戒心を滲ませたような声。もしかしたらあの時、己に近づく邪な気配のようなものを感じ取っていたのかもしれない。ただでさえ人の気配に敏感な彼なのだから、あからさまに下心を持って近づいた『薫』に気付くなど訳も無いだろう。この瞬間に立ち会った薫は、颯馬との出会いの追体験に言葉が見つからなかった。
                  颯馬の硬質な声に『薫』がわかりやすく落胆する。それを見て、薫も同じようにがっくりと肩を落とす。
                  やはりこの時間軸は記憶通りに物事が進んでいる。ということは、この後自分は颯馬に酷い言葉を──まるで呪いのような言葉をかける。不審者さながらに近づいて、勝手にがっかりしてみせる無礼千万な見知らぬ男を前に、体調を案じてくれまでしたあの〝良い子〟に、身勝手な言葉の刃を突きつけるのだ。
                  薫が焦燥に駆られている間にも、『薫』と颯馬の会話は進んでいく。『薫』の体調を心配し、外までの案内を申し出てくれた颯馬は笑っていた。初めて見るその表情に、当時の自分は颯馬の顔を微塵も見ていなかったことに気付かされる。男というだけで突き放し、勝手に抱いた期待を裏切られたなどと言いがかりをつけ、颯馬の心に触れようともしなかった。「知らない相手だから」などという免罪符を使うことも許されない。頑なで自分本位なポリシーで相手の厚意を無下にしていたのだ。
                  『あ~、ごめんだけど話しかけないでくれる? 気分悪いのは正解だけど、それはステキな出会いを期待したのに裏切られたせいだからさ~?』
                  『む? どういうことだ、我にも理解できるように説明せい!』
                  悪態を吐く自分にも、颯馬は何が理由か、自分が悪いのか、理解しようと努めてくれていた。
                  それなのに。 自分に詰め寄る颯馬に『薫』は露骨に嫌そうな顔をした。それからウインクをひとつ投げる。まるでこれから口説こうとでもいうような、完璧なまでの、作られた笑顔。口元に弧を描き、過去の自分が呪いの言葉を吐く。

                  『男には興味ないからさ、死んで美女に生まれ変わって出直してきてね』
                  
                  『薫』は『ばいば~い♪』と軽やかに手を振ったかと思うと、先程もみくちゃにされていたのが嘘のように人と人の間をするすると通り抜けていく。その姿をぽかんと見送っていた颯馬は金髪の尻尾が見えなくなるのと同時にはっとして、『薫』が消えた先を射抜くようにその淡い菫色の目を鋭く吊り上げた。
                  これが羽風薫と神崎颯馬のファーストインプレッション。我ながらこれ以上最悪の出会いはないだろうと自嘲しながら、へなへなと脱力し空中でしゃがみ込む。
                  忘れたつもりは毛頭ない。酷い言葉を浴びせた自覚もある。しかし、学院を卒業し、とびきり〝良い子〟なあの子を見守る中でできた思い出や空気のやわらかさに慣れきって、過去の痛みに鈍くなっていたのかもしれない。颯馬に突き付けたはずの刃の切っ先は、遥か未来の薫にまで届いた。
                  颯馬は人混みを掻き分けて『薫』を追いかけようとする。しかしそれが阻まれ自分に追いつけないことを薫は知っていた。次の再会は後日行われたデッドマンズライブの受付だ。颯馬と別れた後、自分は突然ステージを降りた零に絡まれたはず。もしかしたらそこで現代の零も現れるかもしれない。ここは一縷の望みにかけるしかない。
                  『薫』の後を追おうと立ち上がった瞬間、会場内でどよめきが起こった。何事かと視線を向ければ、自分の真下、ちょうど先程まで『薫』と颯馬がいた場所から少し先のほうまで、人垣が割れている。まるでモーセが割った海のように人波が二手に分かれており、人ひとりが通り抜けられそうだった。そしてそこから、颯馬の姿は消えていた。
                  薫にこんな記憶はない。これほどまでの騒ぎがあれば、この場に居合わせている自分の耳に入るだろう。つまりこれは『A II E』における史実と回想のズレの可能性が高い。ということは。
                  あの日、自分は颯馬に背を向けてから、仕事に戻ろうとバーカウンターに向かったはず。慌ててそちらに視線を向け、目を見張った。
                  『薫』がいない。
                  慌てて人波が割れた先を上から辿っていく。それは裏口につながっており、立て付けの悪いドアがギィと音を立てなが らゆっくりと閉まろうとしていた。恐らくここを颯馬が出ていったのだろう。薫は慌てて扉をすり抜け、『薫』の気配を辿っていった。

                  ⋆
                  
                  物理法則を無視してあらゆる場所をすり抜けては、宙を泳ぐように移動する。裏口を出て、隣接する雑居ビルの間を迷路のように進んだ先の路地裏で『薫』を見つけた。
                  薄汚いビルの影が差した薄暗いそこで、『薫』はビルの壁にもたれかかりながらぼんやりと天を仰いでいた。大人が顔を顰めるような〝悪い子〟でいたとはいえ、酒にも煙草にも逃げなかった、逃げられなかった自分は、時折手に持った微糖の缶コーヒーを啜り、何も映さない濁ったような灰色の目で、ビルの間から覗く曇天を見つめている。
                  もしもこの片手がアルコールや煙草を握り締めていたら、曇天の隙間から母が涙を雨に変えて流していたかもしれない。自暴自棄な一面がありながらも親孝行というか元来の性分というべきか、そうした一線を越えないでいられたことは恵まれたことだと今となっては思う。
                  尤も、この路地裏の記憶が、薫自身には無いのだが。
                  『おい』
                  薄暗い路地の向こうで、ゆらりと黒い影が動く。怒気を隠そうともしない、地を這うように低い声。足音もなく、気配を隠して近づいてきたのは獲物を捕らえるための癖だろうか。
                  雑居ビルの影から現れた颯馬は剥き出しの刃のような視線を『薫』に向けている。自分に向けられているものではないにもかかわらずその迫力に思わず怯んだ薫に対し、当事者である『薫』はのろのろと颯馬のほうに顔を向けると、一瞬、ひくりと眉を顰めた。
                  現実には颯馬との再会はあの日、デッドマンズライブの受付だ。あの時はギャラリーもアドニスもいたから事なきを得たものの、今この場所は人気のない路地裏で、薫と颯馬ただ二人。颯馬が足音も立てずに一歩、距離を詰める。『薫』が頭を掻きながら面倒そうに颯馬に向き直った。
                  『君、意外と熱烈だね~。こんなところに『女の子』が来たら危ないよ』
                  菫色の瞳が鈍く光る。颯馬の眉間に皺が刻まれた。『薫』は颯馬の様子なんて気にも留めず、『あれ?』ととぼけたように口の端をいやらしく吊り上げて笑う。
                  『てっきりもう生まれ変わって出直してきてくれたんだと思ったんだけど、違った?』
                  (サンプルここまで)

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